A-typeで行こう!

A-type Familly's Album[2000-]

こだわりバトル(2000.6)

それぞれにこだわりがあるうえに、気持ちの切り替えが難しいA-type。

三人寄れば、こだわりバトルだ。

たとえば、ある土曜日の昼。

息子は、スケジュールどおりに遊びたい。いくら時間がかかっても(そもそも時間の概念がまだない)、自分が計画した遊びは全部やらないと気がすまない。

私は、決まった時間が来たらごはんを食べたい。私の場合空腹や渇きを感じるセンサーが弱いので(空腹や渇きに気が付きにくい)、時間で食べないと大変なことになるのだ。(大変というのは、周囲の人が大変なのだ。なぜか。空腹時の私は、空腹に気づかない本人には原因不明のまま、不機嫌になってイライラしたり、ふさぎ込んだり、感情のコントロールが難しくなるから。そしてだんだん具合が悪くなって、最後には本当に動けなくなってしまう。)

さっさと家に帰って食事の段取りをしたい母と、頑強に外で遊ぶことを主張する息子。家の周囲は危険なところが多く、子供一人では置いておけない。さてどうする?

このときは折衷案で、庭で食事をすることに。子供が遊ぶのを見守りながら、スーパーのお惣菜コーナーで買ってきたカツどん弁当を、立ったまま、一人で食べました、母は。血糖値が上がるのと同時に心も満たされ、しあわせ気分に。

そのうちお弁当の匂いにつられて子供が寄ってきたので、一つのお弁当を二人で分け合って食べた。これで、その日のお昼ご飯は終わり。栄養学的に言うと(それに「お行儀」としても)問題ありありだとは思うのだが、毎食のことではないのでいいことにした。

そこにベッポくんが帰宅。この人の食へのこだわりは、「ちゃんとしたものを食べる」(レトルトやテイクアウトのお弁当は、おいしくないからイヤ)。私にはそれに応える甲斐性がないし、そもそも我が家の料理担当はベッポくんなのである。この日も、自分で何かささっと料理して食べていた。

ラギィも、ベッポくんも、私も、自分のこだわりを満たせて満足、平和。

いつでもこんなふうにうまくいくとは限らないが、こと休日においては、お行儀や栄養よりも心の平安を最優先する方針にしている。日ごろのこだわりバトルを元気に乗り切るためにも。
(単に私が不精なのを正当化しているだけのような気もするが…ま、いっか。)

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毎日がミュージカル(2000.8)

少し前まで、つまり2歳半くらいまで、我が子ラギィは非常に指示の通りにくい子だった。「なになにしよう」って言ったって、聞いちゃいない。っていうか、ラギィ的には情報として入って来ないんだな、ということが見え見えだった。

しかし不思議なことに、言葉に節をつけて歌うように言うと、すっと入っていくようで、とたんに反応が良くなるのだ。

ところで、私が初めてミュージカル映画(「シェルブールの雨傘」だった)を見たときは、しょっぱなのシーンで主人公がいきなり歌いだしたので仰天したものだ。が、今じゃあ上記の理由で、我が家は毎日がミュージカル状態。替え歌、曲借りに加えて、オリジナルもけっこうできた。たとえば。

♪ぶくぶくぱーしよ、ぶくぶくぱーしよ、ぶくぶくぱーしよっ(んででん、でん、でん)
↑4ビート

♪ほいくえんにいっこう、ほいくえんにいっこう、ほいくえんにいっこっおー(どうやって?)
くるまでいこう、くるまでいこう、くーるまーでいっこっおー(どっこへ?)
始めに戻る、曲はマーチふう。
これで家から車までの長い(本当に長い)道のりを歩かせるわけだ。

ラギィの頭にはいろんな歌や曲が入っていて、いつでも再生できるらしい。
実はベッポくんも私もこれができるので、我が家はウォークマン無用一家なのだ。(ラギィは、映像も再生できるようで、これにはかなわない。)
しかし、ところかまわず再生して楽しんでしまうのが、問題といえば問題。

ラギィときたら朝っぱらから食卓で「♪おはーでマヨちゅちゅ」とか歌いだすので、私なんぞは思わず「♪すちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃ」と間奏を入れてしまい、ベッポくんに「ほら歌はそのくらいにして、ごはんも食べて」とたしなめられるしまつ。
「そうだった、お食事中は、歌はひかえようね」と言うだけ言っても、聞いちゃいないラギィに「♪いーたーだーきーまーす、は、頭の上だよ」と教えられて、二人で頭上で手を合わせて踊ってしまう、これじゃあ朝、時間が足りないわけだ…。

でもこれは、A-typeでよかったと思う時。楽しいひと時である。

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親のしつけが足りない(2001.1)

お出かけ前、「これ、ゴミばこトンする」「でんき消して」「ストーブ消した?」「くるまのキーは?」「あっ、テーブルの上、オカタツケしてなかった!」とキンキン声で叫んでいるのは…ラギィである。もう、うるさいのである。

うちで一番しっかりしているのが、アスペっ子のラギィ。性格なのか、保育園のしつけのおかげか、きちんとしたい子なのだ。将来、家のメンテを一手に引き受けてくれるんじゃないか、と大いに期待している(でも掃除機の音がキライなので、お掃除はしてくれないかもしれない)。

うちでいちばんの散らかし魔は、不惑も間近なベッポくん。
この人と結婚してしばらく後、私はある異変に気付いた。家のあちらこちら―テレビの上、キッチンのたな、テーブルの上、下駄箱の隅などなど―に、紙くずが点々と…。実はベッポくんは、ゴミをゴミ箱に入れられない人だったのだ(つまり、包装を剥くとその場に置き、そのまま忘れる)。
私は当時、ひそかにそれを「ベッポくんの抜け殻」と呼んで愛でていた(抜け殻を観察すると、「あ、ここで乾電池を出して入れ替えたな」とか「あ、ここでチョコレートを3つ食べたな。今日は食べすぎだ」とか、簡単にわかってしまうのである)。

しかし、事態はそれで収まらなかった。次の異変は、「物が消える」(正確には、「あるべき物があるべき所にない」)。
特にはさみとか、ヘアブラシとかなのだが、緊急に使いたいときに限って見つからない。そんな時は、「私はここに置いたのにー」と、もうパニック、泣きたい気分である。実はベッポくんは、使ったものを元の場所に戻せない人だったのだ。

あるとき、妙案を思いついた。「そうだ。活動場所を分ければいい」
さっそく、奥の10畳間がベッポくんの仕事部屋に設定された。結果。1年もたたずに、10畳間は開かずの間に。中は、書類や本、ダンボールや衣類が散乱し、かつてのスモ―キーマウンテンもかくやというありさまだ。幸い煙は出てないけど。
10畳間の奥に私の本棚があるのだが、本を取りに行くには、下に落ちている危険物(押しピンとか)を踏まないよう祈りつつ、慎重にゴミ(ではないとベッポくんは主張する)の山を乗り越えて行かねばならない。

この事態は2年以上続き、私は何度もかんしゃくを起こしたが、どうにもならなかった。

まあ、家に開かずの間がひとつくらいあってもいいか。と達観した頃、例の猫さわぎ(これはまた別のお話)によって、その部屋の一部があっというまに片付いたのであった。部屋中に散らかっていたゴミを、片側に寄せただけではあるが。

しかし、かくいう私も、実はあまり人のことは言えないのであった。散らかさないのはパワーが無いだけだったりして。

自分の物の管理が精一杯で、他人の持ち物には一切手を出せない。
そもそも、空間の認知の仕方が弱いのか独特なのか?自分で決めた「あるべき場所」からちょっとでもずれると、どうしていいかわからなくなり、その場で立ちすくんでしまう。

たとえば、デスク脇のゴミ箱は、椅子に座った位置から右手をある角度で伸ばした延長線上に置くことにしているのだが、見つからなくて、「ゴミ箱がない!どこにいったの!!(半泣)」とかんしゃくを起こすと、いつもの位置から30センチ程横にずれていただけであったりとか(もちろんベッポくんが動かしたのだが、教えてもらうまで、本当に、見つからなかったのだ)。

だから、部屋がちらかっても自分が出したもの以外は(自分が出したものでも他人に動かされると)片付けられないし、不本意ながらも立派に「開かずの間保存会会員No.1号」をやっていたわけだ(会長はもちろんベッポくん)。

それよりいけないのが、「基本的生活習慣」がなっていないこと(私のことだ)。
ほっとけば1週間から10日は風呂に入らなかったり、うっかりすると顔を洗うのを忘れて出社してしまうこともある(で、会社に洗面用具一式を常駐させてあったりする>おい)。

#しかしなんと、朝の歯磨き仲間(♀)がいるのだ。いい会社だ…。

眠さのあまり、歯も磨かずパジャマに着替えもせず寝てしまうことも珍しくない(言い訳:一日の終わりには疲れ果ててるのだ…)。

という具合で、うちの場合、しつけが必要なのは親のほうらしい。ひょっとして保育園でしつけてくれないかな…。

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時間よ、とまれ(2001.3)

ラギィに時間の概念を理解してほしくて、時計の読み方を少しずつ教えている。

今朝も、出かける直前に、「いっかいだけ、あそぶ〜」とぐずるので、
「じゃあね、時計の針がここ(7時50分)に来るまで、遊んでいいよ。」
と言って、目覚し時計を与えた。

しばらくして戻ると、テレビの時刻表示がちょうど7時50分。
「ほら、時間だよ。おかたづけしようね。見てごらん、時計の針がここに」と目覚まし時計を指差すと…針は6時ちょうどを指していた。

ウケた。
ウケたが、ラギィよ、時計の針を戻したって、時間は戻らないのだよ。
どういう仕掛けになってるんだろうね。不思議だね。

しかし、賢いのかそうでないのか、いまいちわからないが…ラギィは愉快な子だ。それは間違いない。

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猫の降る家(2001.7)

今は夏。しかも、例年になくむちゃくちゃ暑い夏だ。
(なんと、扇風機を買ってしまったよ。)
毎度のことだが、こんなに暑いと、あの冬の寒さが嘘か幻のように思えてしまう。

しかし、半年前、あれはたしかに起こった。この天井が動かぬ証拠だ…。

我が家では、厳冬期には薪(まき)ストーブを使用している。これは主には、火遊びや薪割りが楽しいベッポ君の趣味なのだが、燃料(薪)が手に入りやすい環境であること、それになにより、非常に風通しが良い家なので、薪ストーブの遠赤外線の威力がなければ寒さがしのげない、という実際的な理由もある。

あ、我が家といっても、ただの借家だ。築100年は軽く超えている昔ながらの家(屋根は茅葺きだ)、という点が、ちょっと珍しいかもしれない。
この家は、骨組みと屋根はしっかりしているが床も壁も朽ち果て抜け落ちたのを、大家さんが表側半分だけ直して、貸しに出した。
この大家さんは、「どこをどう直してもらってもかまわない。なんなら、全部壊して建て直してくれたっていい」と保証してくれている(つまり、大家さん自らが直す気は、ない。)
ベッポ君が自力であちこちを直すのだが、ここを直すとあちらが壊れるといった具合で、なかなか床面積は増えない。

というわけで、我が家は表半分が居住区域で、雨風を防ぐに十分な機能を持っているが、裏半分は、床もなければ壁もない、外壁にも大きな穴が空いているといったありさまで、むちゃくちゃ風通しが良いのだ。

しかも、通るのは風だけではない。もっと重量のあるやつもやってくる。
最初はヘビかと思ったのだ。古い家には、主(ヌシ、たいていはアオダイショウというヘビ)がいるっていうし。
しかし、天井をミシミシと鳴らす、その正体は、猫だった。
近所の猫が、縁の下から我が家に侵入し、床のない部分から天井裏に飛び上がり(ここでドシン!と天井が震える)、一番居心地のいいところに移動して暖をとっていたのである。

そこは、薪ストーブの真上だった。
なるほどそりゃあ、あったかいわ。と納得しつつも、「こらぁ、猫! 出て行きなさい!」とかなんとか、下から叫んでみたり、ほうきの柄で天井をつっついてみたりするのだが、当然、知らんぷり。我が物顔で(って、見たわけじゃないけど、たぶん)、猫は天井裏をのし歩くのだった。
そのたびに、ミシ、ミシ、ミシィっと、天井が鳴る。

記録的な大雪が降った日の翌日、恐れていた事が起こった。
その日はちょうど休日で天気もよく、大人は雪かき、ラギィは雪遊びに精を出し、仕上げに全員で雪だるまを作った。その後、みんな大満足でお昼御飯を食べていたとき。

バリバリバリッ、ドサッ! ミギャオ〜ン!!
煤埃と共に、大きな黒い猫が、天井板を破り、薪ストーブをあやうくかすめて、落ちてきた。
猫はパニックを起こして、煤をまき散らしながら部屋中を走り回る。
ラギィは火がついたように泣きだし、「こわいよ〜」といって私にしがみつく。
私はといえば、あまりの珍事に、げらげら笑い転げていた。

猫あしらいの上手なベッポ君が、部屋の隅で猫をつかまえ、首根っこをつかんで「こらぁ」と揺すぶりながら外へ連れ出した。
部屋の後始末が大変だった事は、いうまでもない。

猫が開けた天井の穴は、ベッポ君がそのへんにあった板で塞いで応急措置をした。
そうこうしているうちに夜になる。ところが猫は、懲りた様子もなく、また天井にやってきた。しかも、こんどは2匹…。なぜ増える。

寝ている上に猫に落ちられるのは本気で嫌だし、ラギィが「ねえ、また、ねこさん、おちる?」「ねえ、また、ねこさん、おちる?」…(エンドレス)…と本気でこわがっているので、とりあえず隣の部屋に避難することにした。
隣はベッポ君謹製の「開かずの間」。しかし、やるときはやるベッポ君、数年がかりでこしらえた「開かずの間」に、30分足らずで親子3人が寝るスペースを作りあげた。穴ふさぎから寝所作りまで、パワー炸裂。あっぱれであった。

話はこれで終わらない。
数日後、また猫が落ちた。今度は別の猫が、別の場所を破って。ただ、こんどの猫のほうが運動神経が良く、後ろ足から腰までは落ちたが懸命に持ちこたえ、じたばた暴れながら再び天井に這い上がった。
そのぶん、天井の破壊度は大きく、部屋の汚染度も高かったことはいうまでもない。

この時点で、ようやくベッポ君は腹をくくり、天井の全面改築にとりかかった。
壁板用の杉板を仕入れてきて、2週間ほどで15畳の部屋の天井を貼ってしまった。お見事!
しかし、板が足りなくなって、一番端っこの1列が未修理のままとなった。

カンの良い方は、さらに後日談があることを予想されたと思う。
しかし、何が起こったのかは、きっと予想できまい。
私はその場を目撃できなかったのだが、ラギィが、真に迫った実演付きで再現してくれた。

「ねこさんがね、おひるねしてたら、てが、こーうやって、にゅうって、でてきたの。」

例の猫が、天井裏の特等席で、昼寝をしていたと。よりにもよって、ちょうど板が足りなかったところの小さな隙間から、ぐたあっと眠りこけている猫の手が、寝息に合わせて、出たり引っ込んだり、していたと。
ベッポ君が天井をたたいて「おいっ」「おきろっ」と叫んでも、ちっとも気にせず、猫は眠り続けたそうな。
どんとはらい、としたいところだが、以上はすべて実話である。

暖かくなると、いつのまにか猫は来なくなった。
冬がまた来る前に、残りの天井もぜひ直してほしいと願う、今日この頃である。

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構造化とリマインダー(2002.2)

去年の年末、体調を崩して1ヶ月ほど休職した。自宅療養で一日中家にいると、家の中のゴチャゴチャが神経に堪える。

病気の身ながら、たまりにたまっていたゴミをトラック3台分くらい片つけたあと、家の中の「構造化」を試みた(主に自分のため)。
「あるべきモノが、あるべき所に」きちんと収まっている…そんな素晴らしい光景を想像すると、沈んだ気持ちも浮上してくるというものだ。

この件について、家では孤立無援だった私を応援してくれたのは、100円ショップとネーム○ンド(簡易ラベルシール印刷機)だった。100円ショップで大小さまざまなケースを買い、ラベルを貼って小物類を片つけるのだ。

ネー○ランドは、台所の改善にも役立った。とにかく置く場所を決めて、それを忘れなければ、誰かさんのおかげで何かが散乱していても、「私が」元に戻せるじゃないか。

この試みはおおむねうまくいった、ばかりでなく、念願の「リマインダー」まで、できてしまった。

多くの人にはわかってもらえないかもしれないが、我が家の余暇時間の、推定20〜30パーセント以上が、「モノ探し」と「忘れ物を取りに行く」ことに費やされている。これは貴重な時間の無駄であるだけでなく、「またやってしまった」と、悔しい気持ちになり自信も失い、精神衛生上たいへんよろしくない。

また、我が家から車のとおる道(駐車場もそこにある)まで、50mとも100mとも言われる「けもの道」のような、人ひとりがやっと通れるくらいの道(もちろん未舗装のうえ、ご丁寧にも上がったり下がったりしている)を行き来しなければならないので、車まで行って忘れ物(車のキーとか)に気づいたら、「悔しい」だけでは済まないものがある。体力も消耗するし。
で、持っていくものを思い出させてくれるもの…「リマインダー」が欲しい、とずっと思っていたのだ。

「リマインダー」としては、特にベッポくんには、強烈な割り込み作用が必要とのことで、お知らせタイマー付きボイスレコーダーのようなものが良いのではないか、と探してみたら、これがけっこう高価だし、ボイスレコーダーそのものを忘れたりなくしたりしたら(いかにもやりそうだ)、意味がない。
そんなおり、ラベル攻撃、いや改善に触発されたかのように、ベッポくんが手製のリマインダーを設置してくれた。

「なるべく軽く」をモットーとしているこのサイトには珍しく、写真を載せてしまおう。見て脱力してもよい方のみご覧ください。→我が家の構造化(?)とリマインダー

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ピアノが来た!(2002.7)

先日、思い切って、ピアノを買ってしまった。
といっても、電子ピアノだが、ピアノない暦7年以上の身にとっては、むちゃくちゃうれしい。

しかも、ローランドですよ、お客さん。
ローランドのエレピ(←死語?)が、ご家庭で買えるようになるなんて…いい時代になったものだ(感涙)←10数年前の事情しか知らないので感動している

この電子ピアノは、入梅前の暑い日に、業者の方が汗をふきふき、家まで担ぎ込んでくれた。まさか車から家まで(しかもケモノ道を)こんなに歩かされるとは思ってなかったろう(と、いつも気の毒に思うのだが、最近、ちょっと重いものやかさばるものを買うときは、もう必ず、配達を頼むことにしてしまっている。業者さん、ごめん。)

楽器の組み立てまでやってくれた業者さんに、感謝の気持ちを込めてお茶だけは出して応対はベッポくんにまかせ、ラギィと取り合いでピアノ合戦だ。
メトロノームはもちろん、簡単なリズムボックス機能も付いているし、音色もいくつか変えられる。ホントはアコースティックが欲しかったんだが、サンプリングや再生装置の進歩のおかげか、音色もこれなら満足。ていうか、大満足である。

#アコースティックは、我が家の特殊な立地条件のため、あきらめた、という経緯があった(アコースティックピアノは、アップライトでも、普通、運搬のために分解はしないから、重いし、かさばる。そういう、重くてデカくてかつ繊細な物を、安全に我が家に搬入する方法がないのだ)。

さて、その日、みんなでお出かけして帰ってくると、ラギィは部屋に入るなり、
「あ!お買い物して帰っても、ピアノがある!」

「そりゃ、あるよお(^^;」とすかさず突っ込んだ私とベッポくんであるが…

翌日、会社から帰った私は、思わずつぶやいてしまった。
「あ!会社から帰っても、ピアノがある!」

さて、2週間もすると、ピアノのある風景にも馴染み、休みの日は主に私とラギィによるピアノの奪い合いになる。

ラギィは、私が「今時、バイエルでもないでしょ」と探して買ってきた「ぷれぴあのらんど」という教則本が気に入って、「これやろう、ねえ、もしよかったら」と言ってくる。
私は自分からは決して練習に誘わないし、ラギィが少しでも飽きた様子を見せたら「もう飽きた?やめる?」と聞くようにしているのだが、「まだまだ。もう一回、やって」と、いい食いつきを見せてくる。集中力もかなりなものだ。ほほーう、やはり好きなものへの取り組みは違うものだな。

レッスン(?)が終わると、ラギィが「合奏しよう」と音頭をとって、ベッポくんもまきこみ、家にある楽器(といっても、ペンタトニックの子供用シロホンとか、アフリカ風の太鼓とか、私が子供の頃使っていたカスタネットとかハーモニカとかピアニカとか…、まーロクなものはない)をいろいろ出してきて、セッション(と言えるのか?)が始まる。

ベッポくんのギターとリコーダー(ピアノを除けば、これが一番まともな楽器だろう)、ラギィは打楽器系を持ち替えで、ピアノを私が担当。ラギィにカウントをとってもらって、最初のテンポのみ決めてフリーセッション(単にでたらめともいう)。
途中でラギィが、(まだまともに弾けないのに)ピアノに乱入したりするので、油断できない。波乱万丈の「合奏」は、なかなかスリリングで、楽しい。

#しかし、楽譜も読めないうちから、こんなことやってていいのか(^^;>ラギィ

このピアノのおかげで、特に私にとって、生活の質がぐんと上がったように思う。単にでたらめに弾いてピアノの音の響きを楽しむだけで、ストレス解消になるし…

#ちなみに私のめちゃ弾きは、純粋に自分の世界に没頭するための音の集まりに過ぎず、人さまにお聞かせする音楽ではないのだが、部屋の構造上、つい聞かれてしまう。すると、ベッポくんは「いわゆるフリー・インプロビゼイションてやつかい」とニヤニヤするのだが、ラギィは素直に「すごおおおい、じょうずー!」と言ってくれる。愛いヤツ。

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今年を振り返って(2003.12)

早いもので、あっというまに大晦日です。めずらしく殊勝に、この一年を振り返ってみることにします。
今年もいろいろありましたが、例年に比べて忘れ物・なくし物が多かったです(どうしたんでしょう、地に足が付いていない感じです。大丈夫か、自分たち)。
その中で、特に心に残ったものをまとめておきたいと思います。
なお、カッコ内は犯人の名前です。

■心に残るなくし物

・DVD/ビデオデッキのリモコン(たぶんベッポ)
ウーシャがハリーポッターの特典DVDで遊ぼう!と思ったら、リモコンがありません。
そういえば、その少し前に、ベッポくんが、お気に入りの歌手が出ている番組を予約録画していました。予約のときにリモコンを使って、そのままどこかへいってしまった模様です。
3カ月くらいたっても出てこないので、スネイプ先生のインタビューを早く見たかったウーシャが、がまんできずにリモコンを購入(特典DVDは、リモコンを使わないとうまく操作できないのです!)。
【その後の対策】
新しいリモコンに穴をあけ、ワイヤレス・ロケータを取り付けてあります。
毎日のようにお世話になってます>ワイヤレス・ロケータ
・財布(ベッポ)
え〜〜っ!とお思いの方が多いかと思いますが、ベッポくんの場合、2〜3年に1度の割合で財布をなくしますので、「またかい(-_-)」という感じでした。
今回は運良く拾ってくれた人がいて、1週間後、手元に戻りました。が、念のためクレジットカードを使用停止にしてあったので、ベッポくんのカードがまたまた減りました。
【その後の対策】
戻ってからは財布に穴をあけ、ワイヤレス・ロケータを取り付けてあります。
・現金(ベッポ)
今年の「なくしもの大賞」はこれでしょう。貴重な臨時収入6万8657円入りの封筒をあっというまに紛失。滞我が家時間1h未満。見事なわざです。なお、失くしてから3カ月以上たちますが、出てきません。
【その後の対策】
無策(爆)。何かよい防止策、ありませんかねえ。
・帽子2点(ウーシャ)
お気に入りの帽子を2つも失くしてがっくりです。まあ、値段的にはたいしたことないし、1つはもうボッロボロになっていたので、そろそろ更新しなきゃいけない時期ではあったのですが…。衣料品は「お気に入り」ばっかり身につけている(そして代わりのお気に入りを見つけるのが難しい)ウーシャとしては、ショックが大きいです。
2回とも、いつもとちょっと違う行動をとっていました(旅行先とか)。総身にナントカが回り兼ね…っていうか、身につけているもの・手に持っているものへの感度がもともとニブいところ、環境が変わるとさらにニブくなるみたいです。
【その後の対策】
これも無策(爆)。毎日毎日、同じ行動をしていればほぼ間違いないのですが(通勤日はほぼOKなのですが)、そういうわけにもねぇ…。
・携帯電話(ベッポ、未遂)
いかにも失くしそうな携帯電話ですが、ワイヤレス・ロケータは付けていませんでした。だって、携帯電話は、呼べば答えるもん。と、毎日何度も(家で!)、固定電話から携帯電話に電話していたベッポくんです。ところがある日、呼んでも答えがありません。充電切れです。前夜、「充電しなきゃ」と思って充電器に持っていく途中で何か別の用事が割り込みで入り、そのまま行方不明になったそうです。
リモコンを失くしたときと同じパターンなので、永久に出てこないのではないかと危ぶまれましたが、翌日、行方不明だった携帯電話のタイマーに仕掛けておいた音楽がなぜか鳴り、前の日ウーシャがうたた寝枕にしていた座布団の下から、無事保護されました。
携帯電話はベッポくんの仕事関係のデータがいっぱい入っていたので、大被害になるところでした。
やっぱりワイヤレス・ロケータを付けたいところですが、余っている発信機がありません。ワイヤレス・ロケータの発信機、4つじゃ足りません!

■印象深い忘れ物

・問診票(ウーシャ)
来入児の健康診断がありました。親同伴なのですが、ベッポ君の都合がつかなかったので、ウーシャが午後休暇をとって付いていくことになりました。
当日朝。「何か」持って行かなければならない気がしたんです。でも、なんだかわからなかったので、とりあえず保険証と母子手帳を持って、仕事に出かけました。
午後、休暇をとって電車に飛び乗りました。時刻表によるとぎりぎり間に合うタイミングだったのですが、電車が15分も遅れてくれました。遅刻だ遅刻だ。
大急ぎでラギィを迎えに行き、診療所へ駆け込みました。
受付の方が、一人だけ遅刻した私のためにもう一度検診の手順の説明を始めようとしましたが、すぐに当惑した表情で、
「あのー、…こういうの、来てませんか?」と手にした紙は…どっかで見たような…。
「あーーーっ!……もらってます!忘れましたっ!すみませんっっっ!!」
遅刻した上に問診票忘れるし。ダメダメです。
※ちなみにラギィのほうはOK。視力検査・聴力検査ともはじめてで、超緊張はしていましたが、検査をする人の説明をよく聞いて、パニックもおこさず落ち着いてこなしていました。親に似ず虫歯もなく、健康優良児です。
・誕生日プレゼント(ウーシャ)
身内の誕生日を祝うため、実家に行くことになりました。
お泊まり道具やらなにやらと一緒に、プレゼントもちゃんと用意しました。
一家で車に乗り込み、実家について荷物を降ろすと…プレゼントがありません。
ベッポくんが、往復40分かけて取りにいってくれました(運転が早いから)。
※まったく同じパターンで、「みんなでスイカ食べよう!」という企画で実家に行ったときに、肝心のスイカを忘れたこともありました(このときの犯人もウーシャ)。
・七五三(ウーシャ&ベッポ)
勤務先で千歳飴のおすそわけをもらって、ふと思い出しました。男の子って、5才が七五三じゃなかったっけ?
いや、待てよ、「数え」の5才だったら、去年やるはずだったわけで。全然ダメじゃん。
結局七五三は何もせずに終わりました…。ま、いっか、どっちかというとうちはクリスチャンだし(クリスマス礼拝にも行ったり行かなかったりだけど)。

こんな感じで、今年もいろいろ忘れたり失くしたりしましたが、一番大事な家族の命と健康は今のところ失わずにすんでいますので、良しとしましょう。(^^)

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はじめてのアニメ(2004.2)

寒くて外出がおっくうなので、こんなことして遊んでます。

ここ一年くらい、ラギィはアニメが気になってしかたがありません。それも、見るより作るほうに興味があるようなのです。
最近は絵を描くのも大好きで、絵を描いてはおはなしを作っています。

そんなおり、便利なツールを発見。これを使うと簡単に絵を動かせます。楽しい!
といっても、まだよく使い方がわからなくて、とりあえず動かしてみましたって感じですが、こんなんできました。お暇がありましたらご覧になってみてください(^^;)

※音声付きです(Windowsのおまけサウンドツールで録音したので音質悪いです)。音に敏感な方はスピーカーの音量をご確認ください。

はじめてのアニメ「ふわりふわり」

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台風と地滑り(1):避難(2004.12)

2004年12月4日、フィリピンに甚大な被害をもたらした季節外れの台風が、低気圧となって日本列島に上陸、当地も夜半から強い雨が降っている。今夜から明日にかけて、かなりまとまった量の雨が降るらしい。大雨・洪水注意報もでている。
強い雨音を聞いていると、あの恐ろしかった夜を思い出して、今夜も眠れない…

あの日、2004年10月20日は忘れられないだろう(曜日まで覚えている。水曜日だった)。台風上陸10個目(たしか観測史上新記録かタイ記録だったような)の台風23号が、どうやら列島直撃コースをたどることは、予報を見て知っていた。しかし、この地方はこれまであまり台風の被害がなかったので、甘く見ていたのだ。

それでも早めに帰宅すると、夕方6時ころにはものすごい勢いで雨が降りだした。

消防の人から電話があり、「K川があふれそうなのでK集落へ来てくれ」と指令がでて、ベッポ君は夕飯もとらずにはっぴを着てK集落へ出動(あ、消防団はムラの成年男子全員のお役目です。このムラでは48才定年。でもって、はっぴは消防団の制服)。ラギィと私、二人だけで夕食をとる。不安なのでテレビとWebの台風情報をつけっぱなしにする(が、テレビは首都圏のことしかやっていない)。
雨は尋常じゃない降り方だ。とにかく雨音がすごい。
防災無線でなにか放送があったのだが、よく聞こえない。外へ出ても、雨音が大きくて、とぎれとぎれにしか聞こえない。最初は最後の部分で「きけ…ので、外出…ひか…てください。」と言っているのしか聞こえなかったので、なーんだ、よくある「注意してね放送」か、と思ったが、2回目で「…のため、明日は小学校・中学校は休校とします。」と言っているのを聞いて「まじかね」と仰天。
3度目でようやく前半部分も聞き取れて「おいおい」と、さらに仰天。「避難勧告がでる可能性があります」と言っているではないか!念のため、貴重品とラギィの着替えをまとめていると、電話が鳴った。

電話が苦手な私は、いつもなら電話にはでないのだが、こんなときはそうも言っていられない。受話器をとると、ラギィの担任の先生だ。なんと、土砂崩れで通学路がふさがった集落があるため、明日学校が臨時休校になる、という連絡で、連絡網でまわしてくれとのことだった。
うわ、それはたいへんだなーと思ったが、まだ人ごとだった。
とにかく、連絡網にまわさなくてはならない。次の家、Aさん宅に電話すると、どうも様子がおかしい。なんだか息がきれてるみたいな…。用件を伝え終わると、そこんちのお母さんが「ウーシャさんちは、大丈夫?」ときくので、「?」と思いつつ「ええ、まあ、今のところ…」と答えると、「うちはいま、床下浸水。」 えええええ!…土嚢つんでる最中だったとか。ちょっとこれは、尋常じゃないぞと思ったが、まだまだ人ごとだった。

そうこうするうち、ラギィはいつもどおり9時きっかりに寝てしまった。いつもは私も一緒に寝てしまうことが多いのだが、この日はさすがに眠れない。
雨音はさらに大きくなっている。テレビとパソコンはつけっぱなしだが、新しい情報はなし。不安なままベッポ君のケータイに連絡すると、「あー、今さっきわかったんだけど、K集落から出れなくなっちゃった」…はいぃ?!
集落をつなぐ道が土砂崩れでうまっちゃったんだそうで、今夜はK集落で待機だろうと。
しばし呆然としていると、ブチッという音とともにパソコン、テレビ、電灯が消えた。停電だ。我が家はよくブレーカーがおちるので懐中電灯は常備している。この日も懐中電灯でしばらくしのいだが、幸い10分ほどで停電は回復した。

午後10時過ぎ、また電話が鳴った。「役場のBだが…」「はいー、お世話になっております。」「お宅の上の道ね、亀裂が見つかってね。」「はあ」「それがだんだん、広がっているんだよね。悪いが、学校まで、来てくれるかい。」
…後になってわかったのだが、これが「避難指示」(「避難勧告」よりひとつ強制力が強い)だった。
※後記:「避難指示」と聞いていたのだが、公式には「自主避難」となったらしい。よくわからん…。
消防団の人が迎えにくるので、それを待っていっしょに避難するように、我が家の車は土砂崩れでもう出せないから、歩いて(「長靴はいて傘さして」とご丁寧にも指示あり)下の道まで降りてくれとの指示だった。

大急ぎで、先程用意した荷物に非常食料などを少しだけ追加。実はこの秋、防災グッズをけっこう買い揃えていたのだけれど、適当な入れ物がなかったので、プラスチックケースに入れておいたのだ。しかし、雨で、夜で、子供を連れて、急な山道を徒歩で降りる、という事態は想定していなかった。この状態では、プラスチックケースを両手でかかえて持ち運ぶことなど、とてもできない。
結局、ちいさなリュック(貴重品とタオル類、ケータイにラジオ、非常食少々)とラギィのリュック(ラギィの着替え)だけを持つことにした。ラギィのリュックは、ラギィがしょってくれることをちょっと期待して。

ところが問題はラギィだ。これが起きない。ちょうど寝入りっぱなで、声をかけてもゆすっても、軽くほっぺたたたいても、ぜんぜん起きない。避難指示の電話があってから、消防団の人が迎えに来るまで、30分くらいあったのだが、この間、何件かの電話に対応したり、ベッポ君に避難することになったと連絡したり、荷物の準備をしたりもしながらも、ラギィを起こすのにいちばん手間がかかった。

いざいざとなれば、かついで連れていこう。と思ったのだが、「おーい、頼むから起きてくれ〜!台風でおうちが壊れる前に、逃げるんだよ」と声をかけると、寝ぼけ声で「…ひなんくんれん?」と言うではないか!「訓練じゃないよ、本物の避難だよ!!」というと、ようやく起きてくれた。(後に本人が言うには、「「訓練じゃないよ、本物の避難だよ!!」っていうのきいて、どきっとして、いっぺんに目がさめたよ」とのこと。)
それからすぐ消防団の方が来てくれたので、ぎりぎりセーフだった。しかし、保育園や学校で「避難訓練」をしてくれていて、本当に助かった!ラギィが「避難」という概念を知らなかったら、もっと大変なことになっていただろう。このときほど、「避難訓練」をありがたく思ったことはない。

出かけるぎりぎりにベッポ君から電話があり、「道だけど、歩いてなら通れるらしいから、これから歩いて学校へ向かいます」とのこと。このときは事情をよくわかっていなかったので、これで安心、と思った。

消防団の人が二人、迎えに来てくれたが、一人はよく知っている人だったので、ちょっと安心した。もう一人(誰だかわからなかった)は、私があまりに軽装備なのを見て、寒さ対策に上着をもうひとつ持っていくようアドバイスしてくれた。
ラギィに合羽を着せ、自分も着て、背中に荷物(結局ラギィは荷物を持てなくて、2つとも私が持った)、右手に懐中電灯、左手に傘と予備の上着。長靴をはいて、雨のなか、慎重に山道を下る。
下の家の庭を通るとき、犬の前を通らなければならないのだが、ラギィはこの犬が苦手で、進もうとしない。すると消防の人がさっとラギィをおぶって、通り抜けてくれた。感謝。
ようやく下の道まで降りると、車が用意されていて、その車で私たちは避難所の小学校まで連れて行ってもらった。車の中ではすっかり安心していたのだが、あとでわかったのだが、そのとき私たちが車で通った道のわずか数メートル上まで、地滑りの土砂が迫り、畳1枚くらいの大きさの岩が落ちてきていたのだった。
学校へ着くまでの間に、消防団の人と話をしたら、誰だかわからなかった人が、実は知人だったことが、声でわかった(いつもとちがう服装だと、人を識別できないことはよくある)。そして、隣町へ抜ける道路が地滑りで寸断され、村が孤立状態であることを知らされた。

避難所は、とても恵まれていた。体育館ではなく畳の部屋を使わせてくれた。暖房もあり、避難してきたのはよく知っている村の人ばかり。毛布も一人一枚ずつ行き渡った。それでも、座布団を並べた寝床では、なかなか寝つけたものではない。ラギィは騒いだり動き回ったりはしなかったが、興奮状態で(無理もない)、目をぎんぎんさせて、眠らない。疲れ果てたお年寄りがひとり、ふたりと眠りにつくなかで、寝つけない人々はぼそぼそと、怖い話をしてくれるのだった。

私たちが避難所へ着いてからしばらくして、例の連絡網で電話したとき床下浸水と戦っていたAさん一家が避難所へやってきた。結局、床上まで浸水してしまったそうだ。
ところでこのAさん宅は、Aさんの住む集落のなかで最も高いところにある。谷からは100m以上離れた、山の中腹、っていうか、かなり上のほうだ。どうしてそんな山の中で床上浸水?
この秋はずっと雨続きで、地下水位が異常に高くなり、過飽和状態になっていたところへ、この台風で、地面はもう水を貯める余力はなかったと。こんなときは、山肌の隙間から、いきなり水が吹き出すことがあるのだそうだ(「山が抜ける」と、村の老人たちは言っていた)。Aさん宅では、家のすぐ裏の畑の角から水がどーっと出てきて、床下→床上浸水に至ったと。それは本当に、あっというまのことだったそうだ。

「山が抜ける」の規模が大きいのが、いわゆる地滑り。私の住む集落はほとんどの家に避難指示が出たのだが、位置的に上の二軒には、壁をやぶって家の中まで土砂が流れ込んだそうだ。二軒ともおばあちゃんの独り暮らしで、おじいちゃんを亡くしたあとひとりで家を守ってきたところにこの被害、すっかり気落ちしていて、本当に気の毒だった。

夜半をまわるころ、ベッポ君が到着した。頭と両腕がびしょぬれだ。着替えを持ってくる余力がなかったので、申しわけなく思ったが、タオルでしのいでもらった。
ラギィがようやく寝ついたあと、ベッポ君はさらに恐ろしい話を聞かせてくれた。

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台風と地滑り(2):脱出・帰還

避難所でどう過ごしたか

孤立した村からいかにして脱出したか

避難先での生活

帰還後の状況

↓いったいこれはなに?

サイレン

などについて、書いておかねばとは思っています。
(そのうち書こうと思っているうちに半年たってしまった…)

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田んぼからの贈り物(2005.6)

YさんTさん、こんにちは。お元気ですか?
先日は田んぼに遊びに来てくれてありがとうございました。
みんなでたくさん歌って、楽しかったですね。

先週末(土曜)は我が家の田植えでした。
田植えは「家族で力を合わせて」という感じになるのがよいです。

なのですが、ベッポくんはしろかき中に耕運機を泥の中にスタックさせて、 力ずくで無理やり出そうとして、ひざを傷めてしまいました。
(もうトシなんだから、たいがいにしてほしいです…。)

我が家のピンチを知って、Wさんが、ぎっくり腰をおして手伝ってくれました。
Wさんは、最近なんと3万円で手に入れたという自慢の田植機を持ってきて、 大きな田んぼ2枚をあっというまに植えてくれました。ありがたい…。

ラギィは、4畳半ほどの範囲をはじめて自分の田んぼとして与えられ、 はじめて田んぼの中に入り、長靴を堀りながら2列ほど植えたところで 思いっきりころび、全身泥だらけになって泣きベソをかきました。
印象に残る、なかなか良い田んぼデビューだったのではないかと思います。

残りのマイ田んぼと、今年復田した田んぼを、私がひとりで植えました。
ベッポくんがラギィに着替えさせに行っている間と、お茶を取りに行っている間、棚田にひとりきりにしてもらえました。
棚田でひとりきりで田植えっていうのは、なかなか気持ちがいいんですよ。

水の流れる音、鳥やカエルの声、マルハナバチの羽音。
泥の感触、土や草のにおい、風。
五感のすべてを解放して、心地よさをたっぷり味わいます。

納期内にコストダウンで品質向上、などという無茶な要求が平気で出される ような世界にもなんとか適応してはいますが、やはり息が詰まります。
こうして深呼吸できる場が近くにあるのは、幸せなことだと思います。

田んぼで黙々と作業していると、いろんな考え(というのかイメージというのか) が次々とうかんできます。
これが楽しみで田んぼをやっているといってもいいくらい。
これまで、ちゃんとことばにしたことがないのですが、
(自分で味わうだけで、人に伝えようと思わなかった)
今回はYさん、Tさんに、なんとか伝えたくなって、 うまく書けませんが、とにかく書いてみます。

まずは気象衛星ひまわりからの画像のようなイメージが浮かびます。

白い雲が渦をまいた巨大な青いボール。ぐるぐるまわっています。
太陽の熱を受け、自転の影響なんかも受けながら大気が動きます。
球体を帯状にめぐるジェット気流や偏西風にあおられて
南の海上で低気圧が発生したり、北の大地で高気圧が発達したり、
いろいろあって、今日の、この晴天があるわけです。

大気の動きは雲をよび雨をふらせ、
それが恵みの雨になることもあれば、
一瞬ですべての実りを奪うような暴風雨をもたらすこともあります。
猛暑で水が足りなくなるかもしれないし、
冷夏で日照が足りなくなるかもしれません。
今日植えたこの苗がほんとうに収穫できるのか、 収穫してみるまでわからないわけです。

それでも今私たちは、もし米がとれなくても買うことはできるのですが、 少し前まで、米の不作は即、飢えにつながっていたわけですから、 田植えが神事になったのもわかるような気がします。

無事収穫できますように、と祈るような気持ちで植えます。

風に乗って渡り鳥がやってきます。
上空から見ると、ブロッコリーみたいに妙にモコモコした山に覆われた細長い島。
そのモコモコの陰影がひときわ濃いあたりがP県Q村なんてことは 鳥は知りませんが、そこにねぐらと食べ物が豊富にあることは知っています。
旋回して高度を下げます。

風は棚田までやってきます。
向かいの森で、南から渡ってきたばかりのホトトギスが自分の名を呼んでいます。
「ホトトギス!」

泥田に手をつっこみ、もう一株植えます。
今ここで植えている田んぼはこんな山の上にありますが (食味と生産性の高さで人間を魅了し、こんなに上まで登ってきて しまった稲もスゴイやつだと毎回感嘆するのですが)、

この田んぼの土は、昔ここが海底だったときにたまった堆積物です。 (それで、Q村の山の中からクジラやカレイなどの化石が出る。)

降り注いだ雨が土を削りながら海に注ぎ、新しい大地を作ります。
大地が揺れ、せり上がり、海の底だったところが山になります。
そしてまた雨が土を削りながら海に注ぎ… まさに今、削られている最中のQ村です。

不安定だということでは、私たちが住んでいる世界は、誰かの気まぐれの ひと蹴りで崩れてしまうアリの巣と同じようなものかもしれませんが、
ダイナミックな大地や大気の動きのなかで、つかのま(といっても、 10年だったり100年だったり、100万年かもしれないのですが)の ちょっとした隙間(住める環境)をしっかり利用して、たくさんの生き物が くらしているのだと思うと、感慨深いです。

人間の知恵とか技術とか、他人とコミュニケーションをとる力とかは、 本来、この不安定な環境の中で生き延びるために、協力して環境に働きかけたり、 また、時折もたらされる恵みをなるべくたくさん享受して分かち合うために、 つちかわれてきたものではなかったかと思うのです。

夕方までかかって、2枚の田んぼを植え終わると、 あー堪能した、という気分になりました。
あとは風呂入ってビール!という気分でしたが、 家に帰ったら洗濯物の山と夕飯のしたくが待っていたことは 言うまでもありません…。

長くなりました。こちらはこんな感じです。田んぼの草が伸びてくる頃、また遊びに来てください。
ではでは。

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作成:2001 最終更新:2005